
松竹に入社して七年、 1960 (昭和三十五) 年6月に大規模な機構改革があって、 プロデューサーの助手になった。 本社に四年、 劇場に三年の勤務の後で、 歳も三十才になっていた。
東西で年間八十本以上の映画が製作され、 撮影所には常に五・六本の作品が流れていた。
そこに配属された新人で、 助手としてはロートルの、 日常の狼狽振りが、 次の幾つかの 「言葉の渦」 でお察し戴けるだらうか。
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台本届けに来たんでしょ。 じゃァ裏に廻りなさいョ。 勝手口、 判る、 あなた新米ネ!
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この程度の事も碌に出来ないんじゃ、 君にこの仕事は向いていないんだ。 すぐ荷物を纏めて帰った方がいい。 東京は遠くないョ。
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つまらない本だねェ、 本当にこれ作る心算りなの、 又、 会社に損させる気だね。
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プロデューサー助手の仕事なんて、 首から上は要らないんだョ。
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あいつは、 能力がある訳じゃありません。 たゞ、 過勤料稼ぎなだけです。
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駅前の地面に、 カメラとカメラマンが入れる位の穴を掘り度いんです。 車が廻り込んで来て眼の前で止まって、 ドアから女の足がスッと降りる画を、 ワン・カットで撮り度いんです。 許可とって貰えませんか。
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ボクね、 愚図と馬鹿は大嫌い。 あの子は、 その両方ョ!
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あの時は、 二度とこんな無理な仕事はさせないって言ったけど、 頼む、 もう一度だけ。
実は、 この前より二日少ない実数十七日なんだけど、 悪い、 監督、 口説いてみてよ。
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プロデューサーって言うのは、 監督が撮り度いものを、 撮らせて呉れる人のことを言うのョ、 今日は、 どうも有難う。
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如何でしょうか、 当時の様子が伝わったでしょうか。