ALL NIPPON PRODUCERS ASSOCIATON
祝 協会創立50周年記念
権威ある〈エランドール賞〉の輝かしい、 歴史を探る!        事務局長 熊谷 健
 二○○四年一月十一日  晴れて、 私達の〈プロデューサー協会〉は創立五十周年を迎えました。 そこで、 〈協会〉の五十年の歴史を皆さんとご一緒にひもといてみようと思います。
 昭和二十九年 (一九五四年)、 日本の映画製作者の〈社会的地位向上〉と〈懇親〉を目的として、 「日本映画製作者協会」 は、 (理事長/マキノ光雄  会員/九十四名) で華々しく誕生したのです。
 そして、 三年後の昭和三十一年 (一九五六年) 協会事業の一環として、 新人俳優の〈発掘〉と〈育成〉を目的とした〈新人賞〉が設定されたのです。
 〈新人賞〉は、 当時の映画製作各社が最も嘱望する新人を各々一名づつ選出して〈顕彰〉激励すると共に、 ジャーナリズムにもアピールし、 次第に、 権威ある〈新人スターの登竜門〉として、 その役割を果たしてきたのです。
 その〈第一回・新人賞〉の受賞者は−池内淳子・石原裕次郎・川口浩・草薙幸二郎・白川由美・杉田弘子・高倉健の皆さんでした。
 そして、 次々と、 新しいスターが生まれ、 現在なお〈活躍〉を続ける、 錚々たる大スターが誕生してきたのです。
 そして昭和三十年代後半に入り、 テレビ映画の製作等により、 日本映画界も大きな変動が起こり、 ついに〈映像ドラマ〉全般のプロデューサーを糾合して、 昭和四十五年 (一九七一年) に協会名も 「日本映画テレビ製作者協会」 (理事長/白井昌夫  会員/二○○名) と改称し、 更に、 日本の〈映像文化〉の発展と向上を目的に、 法人化を目指し、 昭和五十一年 (一九七六年) 所轄官庁より認可を受け、 ついに 「社団法人・日本映画テレビプロデューサー協会」 (会長/田中友幸  会員三二九名) としてスタートしたのです。
 〈新人賞〉も、 昭和五十二年より〈エランドール賞 (黄金の飛翔) 〉と改称し、 従来の映画製作会社を母体とする推薦方式を改め、 理事会の常設機関として 「エランドール賞委員会」 を設け、 選考基準を成文化したのです。
 〈協会賞〉は、 昭和三十七年、 〈特別賞〉は、 昭和四十七年に設定されました。 平成六年より、 〈協会賞〉は〈プロデューサー賞〉と改称し、 平成十三年より新たに〈作品賞〉を設置し、 協会員は選考基準に基づき〈候補者及び候補作品〉を投票によりノミネートすることになったのです。
  「エランドール賞委員会」 は、 協会員によるノミネートを参考にして、 〈候補者及び候補作品〉を選出し、 理事会に答申し、 理事会はその答申を受けて、 検討の結果〈受賞者及び受賞作品〉を決定したのです。
 それから生前素晴らしいお仕事をされた二人のプロデューサー兒井英生氏と田中友幸氏の顕彰基金による 「兒井・田中賞」 が誕生したのです。 そして、 晴れて創立五十周年を迎えた現在いま (会長/杉田成道) (会員は平成十五年十二月末現在で、 正会員 (四○三名) /功労会員 (九十四名) /賛助会員 (五十九名)   計 (五五六名) と〈協会〉は益々活気を見せておりますが、 この歴史的な〈大きな節目〉を、 今後の〈発展〉と〈飛躍〉の年にしたいものと心より会員の皆様方の熱い熱い御支援をお願いする次第です。

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