社団法人 日本映画テレビプロデューサー協会 会報 2009年新春特別号

慎んで新春のお慶びを申し上げます

会長 杉田 成道(フジテレビ)

会長 杉田 成道(フジテレビ)  明けましておめでとうございます。 昨年後半、怒濤のごとく押し寄せたアメリカ発の経済破綻は、さながら1920年代の世界恐慌を思わせる様相を呈しております。近頃の新聞を見ると、つい世紀の映像などで見る当時のモノクロフィルムを連想してしまうのは私だけでしょうか。ウォール街を夢遊病者のように歩く人々、娘を身売りしなければならぬ東北の寒村、どれも見たくない映像ばかりです。
  結局、こうして戦争にまで行き着く歴史の教訓を今はじっくり反芻する必要があるのかもしれません。こういう時こそ、不安を払拭させるような、どっしりとした考え方が必要なのでしょう。
  翻って近くを見ると、我が映像業界も怒濤の嵐が吹き荒れようとしています。浮沈空母と思われたテレビの広告収入が激減しております。どのテレビ局も事業外収益の拡大に、会社の浮沈がかかっています。つまり、一つの映像企画を、映画、テレビ、舞台、ビデオ、BS、CS、インターネット、モバイル、マーチャンダイジング、通販、とあらゆる媒体を総合して収益構造を考える考え方に傾倒していく方向にあります。もはや映画、テレビと区分けすることすら無意味になりつつあります。
  こうして一気に風俗のトレンドを作ろうという動きを、風林火山になぞらえて、速きこと風のごとし、の「風」としましょう。
  その対極に、「おくりびと」のように一つの想いが、ささやきのような口コミに乗って、静かに広がっていく作品群もあります。これを、静かなること林のごとしの「林」としましょう。
  どうやら、この「風」と「林」にどんどん二極化されて、真ん中がなくなっていくような気がしてなりません。しかし、どちらにせよ根底にあるのは、作る側の意欲の激しさでしょう。これなしでは見る側を撃つことはとうていかないません。これを、激しきこと火のごとしの「火」としましょう。
  すると残るのは、動かざること山のごとしの「山」です。「山」とは、指針であり、方向性の確信ではないでしょうか。人心が不安に駆られ、先行きの展望が見いだせなく、右往左往する時ほど、動かない「山」が必要です。
  それは、人それぞれの文化であり、生き方と結びついてくるのでしょうが、私たちプロデューサーに今必要なのは、この「山」のように動かない確信であるような気がしてなりません。
  時代の価値が地殻変動を起こしている今こそ、プロデューサー相互の交流を通して、それぞれの「山」を作っていく必要があります。それこそが、当協会の存在意義であると確信しております。
  志ある会員の皆様、とにかく手を上げて参加してみようではありませんか。プロデューサーズ・カフェ、本当に面白いですよ。エランドール賞、年に一度のお祭りです。国際ドラマフェスティバル、ついにドラマとマーケットが一緒になりました。


会員 年男 新年の抱負を語る

昭和12年生まれ

劇団俳優座  映画放送部 古賀 伸雄

劇団俳優座 映画放送部 古賀 伸雄

「生涯現役を目指して」

 年男、新年の抱負を語れと言われると、ちょっと躊躇ってしまいます。人生八十年といわれていますが七十一歳です。よくもまあここまで生きてきたものだ、これが卆直な心境です。
  一九五八(昭和三十三年)小津安二郎監督作品「彼岸花」のロケ手伝いで松竹大船撮影所へ行ったのが運のつき。野村芳太郎監督作品「張込み」、小林正樹監督作品「人間の条件」二部・三部のロケ担当で約二年間北海道、御殿場などの現場を無我夢中で走り回りました。小林監督の完全主義、宮天こと宮島義勇キャメラマンに活動屋精神を徹底的に叩き込まれました。これが私の物づくりの原点です。
  そして監督の勧めもあり仲代達矢、東野英治郎の推薦で劇団俳優座映画放送部へ、約五十年間映画・テレビ・演劇のドラマづくり一筋こつこつと、そして一つ一つを大切に頑張ってきました。今あらためて人生を振り返ると、人との出会いが一番大切で、新劇の俳優さんと共にしたことも大きかったが、時代劇「剣」CAL、「泣いてたまるか」TBS、「男はつらいよ」フジテレビを通じて脚本家・菊島隆三さん、渥美清さんと仕事ができたことが大きなエポックになり、勉強になりました。
  昨年十月、中国中央電視台(CCTV)の取材、インタビューを受け、中国の若手プロデューサー、ディレクターのパワーに大きな刺激を受けました。ディレクター・趙一工さんに、「七十歳なんて今からですよ。伊能忠敬(中高年の星)に見倣って、生涯現役を目指して頑張りましょう」と、ハッパをかけられました。
  今年も、若手の皆さんに老害と言われないよう、こつこつと頑張っていきたいと思っております。

昭和24年生まれ

松竹  田中 浩三

松竹 田中 浩三  名曲「北国の春」風に詠えば今年は、丑年、還暦、定年の歳。である。
  飲み会が増える。会社人生を終えても生涯プロデューサーである、と誰もが気炎を上げる。そんな暮れのある夜。酩酊した脳裏にある声が蘇った。
  二度目の年男の年、私はプロデューサー助手として、大船撮影所の門をくぐった。撮影が終わるたびに、スタッフは飲み屋に誘ってくれた。そんなひとりが、ベテラン製作主任I氏であった。I氏の行きつけの縄のれんで、しんみりした口調で、しかし強い目線で言われた。「プロデューサーって、本は書けねえ、演出出来ねえ、芝居は勿論だめ。なんにもできない。それでいて、やっぱりいないと困る」
  その言葉は、長く私の脳裏に残った。酩酊、泥酔し、夢の世界を漂い始めた頃。
  霞の中に舞台が見える。その舞台を必死で支えている四人。その一人が私。舞台上では監督の怒声でスタッフが走り回り、役者たちが右往左往。時々、舞台が傾く。I氏が叫ぶ。「なにをやってるんだ。しっかりしろ」怒声の先の男は、なんと私ではないか。私は必死に踏ん張ろうとする。私は私に叫ぶ。「がんばれ」「最近、腰痛がひどくて、つらいんだよ」「二人の力で支えよう」
  私は私に近寄った。その時、私たちは一人になった。一人で辛い作業を二人でなら、と思ったのに、不覚。後の祭り。舞台は重い。だが、最後の力を振り絞って立つ私。
  私は舞台のI氏に叫んでいた。
  「Iさん分かった。これがプロデューサーなんだ」
  Iさんが微笑んだように思った…。夢はまだ覚めない。

昭和36年生まれ

福島 聡司

福島 聡司  来年の抱負を書いて下さいと依頼を受けたとき、はたしてここ数年そんなものを抱いて新年を迎えただろうかと考えました。年末ジャンボの発表で落胆し、「今年こそは宝くじを当てるぞ!」と強く思うだけです。
  二十歳のとき今村昌平監督の「楢山節考」でこの業界に入り、ふと気が付くと今年は年男、すでに四半世紀も過ぎているのです。だから今更抱負なんて言われても照れくさいし、それにそんなこと考える柄じゃない。唯々、目の前にある自分の仕事を全力でこなしていくだけです。あと何年保つかは分かりませんが…。
  ただ、今年はいままでとは違うことがあります。仲間たちと立ち上げ、築き上げてきた会社を昨年退社し、今年からフリーのプロデューサーとして新たにやっていく決心をしました。これまで以上仕事にどん欲になり、尚かつ熱心にやっていくつもりです。
  いろいろな作品と出会い、数多くの監督、俳優その他いろいろな個性溢れる人々と知り合い、その才能に驚かされながら、ここまで多くのことを自分なりに学んできました。今現在もフランスのトラン・アン・ユン監督で「ノルウェイの森」を準備しています。きっと未知の才能に出会い、新たな経験をし、そこから何かを学ぶことでしょう。今年も、いやこれからもずっと、新たな才能に出会うこと、個性豊かな魅力ある人々に出会えること、そしてそれらの人々と映画の仕事が出来ることを楽しみに、生き抜いていこうと思います。

昭和36年生まれ

NHK  若泉 久朗

NHK 若泉 久朗  今年のNHKのドラマ。4月から22時台に女性層をねらいとする新しい連ドラ枠がスタートします。昨年はドラマ8で若者向けの連ドラを始めました。将来の公共放送にとって、若者層と女性層の視聴者層拡大は一大課題です。ビビットに、こびすぎず、幅広い共感を得る。昨年に引き続き、苦闘しながら前進あるのみです。土曜ドラマもふくめて、これらの連ドラ枠は様々な制作プロダクションにも参加いただいています。今年も何卒よろしくお願い致します。
  新しい大河ドラマは「天地人」です。「愛」一文字の兜をかかげた戦国武将・直江兼続を妻夫木聡さんが演じます。朝ドラは放送中の「だんだん」に引き続き、4月からは「つばさ」が始まります。ヒロインは多部未華子さん、全国一巡した最後の舞台は埼玉県川越市です。そしてスペシャルドラマ「坂の上の雲」がいよいよスタート。三年にわたる放送の第一部が今年始まります。
  オンデマンド、ワンセグ放送など新しい分野も課題です。ワンセグは小さな画面で携帯電話と連動した新しい表現が求められています。若者層に切り込む新機軸になるかもしれません。
  かつて先輩から「ドラマ」の語源はギリシャ語で「戦い」を意味すると教わりました。今年も勇気を持って戦いたいと思います。プライべートでは、昨年は「禁煙」したので、今年は「減量」が命題です。

昭和48年生まれ

朝日放送  安井 一成

朝日放送 安井 一成  『大器晩成』…大きな器が早く出来上がらないように、大人物は世に出るまでに時間がかかるということ(大辞泉より)。
  子供の頃、「お前は大器晩成型だから、常に諦めず頑張れ」とよく親に言われた甲斐あってか、私は未だに自分が大器晩成型だと信じようとしていたりします。そんな信念というか言い訳のもと、浪人、仮面浪人、留年、就職浪人と様々な人生の足踏みを重ねた後、同級生より4年遅れでテレビ局に入社して10年。初期配属は報道記者として社会部で捜査一課を担当、そしてバラエティのディレクターを経て、ドラマに携わるようになって3年が経ちました。まだまだ、新しい出会いに感謝しながら勉強勉強の日々で、36歳の年男を迎えるとは言うものの、バリバリの超若手。ドラマのことがようやく少し分かり始めてきた今日この頃です。人生の遅れを後悔し、「大器晩成型」を不甲斐ない自分の慰めの言葉にすることもありますが、最近ドラマを創っていて感じるのは、自分の経験が台本に反映させられること。自分の経験から生まれたものの方が、作り手の想いを込めやすく、見る人に伝わる手触り感も増すと思っています。
  くしくも、早さではなく、中身の濃さを大切にして、自分らしく積み上げてきた36年。全ての経験は無駄ではなく、これまで出会ってきた人々は何よりの自分の宝だと信じています。今後も、慌てず急がず、自分の信じるところを邁進するつもりですが、私の場合ちょっと急いだ方がいいのかもしれないので、今年は、大器の片鱗ぐらいは見せられたらいいなと思っています。

21世紀の日本映画におもうこと

(株)キネマ旬報社 キネマ旬報 編集長 明智 惠子

(株)キネマ旬報社 キネマ旬報 編集長 明智 惠子  『総長賭博』(山下耕作)で階段を駆け上がる鶴田浩二、『残菊物語』(溝口健二)の船入り、『刺青一代』(鈴木清順)のめくるめく怒涛のラスト15分、『赤い殺意』(今村昌平)の雪のトンネル、『ラブホテル』(相米慎二)の桜吹雪が舞う石段のすれ違い、『ヌードの夜』(石井隆)の埠頭のロングショットの長回しと余貴美子のケンケンパー。
  この羅列、いきなり懐古趣味に走っているわけではない。ただ、この原稿を書くに当たって、わたしにとって「映画」とは何だったかを改めて確認する作業が必要だったから、これらを記憶からたぐりよせた。
  決して忘れられない、もしくは自分の想像をはるかに超えた、観たことのない衝撃を一瞬でも体験させてくれること、さらにはどんなに言葉を尽くそうとも、言葉が“その映画”を超えられないこと、それがわたしにとっての「映画」だったと思う。もちろん例を挙げ出せば、冒頭に留まらず限りはない。外国映画を加えれば、それだけでもこの紙数では足りない。
  それでもなお、何故「映画」とは何だったのかなどという「青臭い」問いを、“今”、掲げようと思うのか。それは、こと日本映画に関して言うならば、興行収入を稼ぐものと、各映画賞レースに乗ってくるものを敢えて強引に「最近のメインストリーム」と呼ぶならば、そのなかで、このいずれか、もしくは両方を満たしてくれる作品に出会う経験が、めっきり減ったことに、どうしようもなく危機感を抱かずにはいられないからだ。
  全国公開の大型作品は、どれもこれも説明過多の分かりやすさで観客に寄り添い、始まっておよそ10分、もっと言えば予告編だけでラストシーンが見えてしまう。
  一方、そのカウンターとして創られる単館系作品の多くは、丹精な佇まいで小さくまとまり、「決して悪くはない」し、むしろ「とてもよく出来ている」が、過去の映画的記憶を塗り替えてくれるような“忘れられない一瞬”をもたらしてくれるだけの強度がない。もちろん後者の多くには、最終的に製作費をリクープ出来ないという問題もつきまとう。
  この現状は、今の日本映画の決定的弱さではないだろうか。
  現時点で掴めている限り、08年の映画の興行収入は対前年を若干、下回る気配である。スクリーン数は増え続けているが(08年は139スクリーン増)、観客動員はそれに伴って増えることはなく、映画は産業としてゆたかにはなっていない。言わずもがな、1スクリーン当たりの収入の落ち込みは否めず、押し並べて言えば、映画館にとっては08年も、苦しい一年だったはずだ。しかし、10月末現在でハリウッドメジャー5社の実績が対前年で約60%といわれるなか、前年割れ幅を小さくしたのが日本映画の実績なのは明白だ。それだけに、結果として21世紀に入ってからの日本映画のあり方は、産業として正しかったようにも見える。しかし、それを敢えて認めたうえで、得たものの陰で失ったものを、そろそろ再考してみる時期は確実に来ている、と思う。
  “均一化”に常に対峙しようとする運動が“表現”に課せられたひとつの使命であり、そして映画は紛れもなく表現物である。製作委員会による合議制は、その意味では“均一化”と手を取り合うことで、“個の表現”を殺し続けて来た。
  ゆたかな表現物と商業性が一致しないと思い込む呪縛から、日本映画は一体、いつ解き放たれるのだろう。今のままでは巧妙な愚民政策と言われても返す言葉がない。

只今撮影中

NHK第2制作センター (ドラマ番組) 内藤 愼介

NHK第2制作センター (ドラマ番組) 内藤 愼介  2009年大河ドラマ「天地人」は1月4日(日)からの放送開始にむけ出演者、スタッフともども力を合わせ収録真最中です。
  「天地人」の主人公・直江兼続は、天下を取りませんでした。そして藩主でもありません。従来の戦国ドラマの主人公のように、子供の頃、親が殺されたり、合戦に巻き込まれたりと、悲惨な経験をしているわけでもありません。両親の愛に育まれ、主君である上杉景勝との強い絆の中で成長した、いわば「等身大」の武将です。しかし兼続には、多くの人を惹きつける魅力がありました。それは、どんな時でも「仁愛」を貫き通すという彼の生き様そのものです。民への愛、義への愛、故郷への愛…兼続は生涯をかけてそれらを守り抜き、信長、秀吉、家康といった天下人を前にしても決してひるむことがありませんでした。
  決して華々しい戦果を上げなかった兼続ですが、負けても決して大勢に迎合しようとしなかったその姿勢は、同時代の武将たちに強いインパクトを与えたはずです。今回の大河ドラマで描きたい最大のポイントはそこです。勝った側の事実だけでなく、負けた側の思いに視点を据えることによって、これまでにない新しい戦国ドラマになると確信しています。また、利益追求に邁進し、「品格」を失いつつある現代人にも鮮烈な印象を与えることになるはずです。
「天地人」  また、本ドラマで注目していただきたいのは迫真のCGシーンです。数万人規模の合戦シーンを、『ロード・オブ・ザ・リング』のように、カット割りなどせず実際に見せよう、一見無謀に思えるこの発想は、「主役やその周辺の重臣たちだけにスポットが当たるのではなく、戦場で戦う雑兵ひとりひとりにも人生がある」というこのドラマのメッセージを伝えるために不可欠な要素だったのです。
  試行錯誤の末に生まれた3万の行軍、10万の兵士の戦い。数万単位のモブ(群衆)シーンは、まるで一人一人が意思を持って動いているかのような仕上がりとなりました。生身の合戦風景を見慣れた大河ファンからの賛否は分かれるかもしれませんが、新しい大河ドラマの息吹をぜひ感じていただきたいと思い、サービスとしてオープニングタイトルにもこの映像を盛り込んでいます。
  そしてもう一つ、特筆すべきは俳優陣の結束の強さです。大河ドラマの主演を目指していたと会見で話された兼続役の妻夫木聡さんを中心に、上杉家臣団のチームワークが確立されつつあります。役をこなすだけでなく、皆さん自身が役に共感し、悩み、その一つ一つを乗り越えていきながらドラマを作り上げている。その血の通った「熱さ」は、見ている側にも存分に伝わるのではないかと思います。新しい世代の大河ドラマ「天地人」に是非ご期待ください。

私の新人時代

近代映画協会 里中 哲夫

近代映画協会 里中 哲夫

「学生だった」

 映画の仕事がしたかった。大学が学費値上げ闘争でロックアウトになり大きな時間が出来た。とにかく現場を知りたかった。知人の紹介でドキドキしながら近代映画協会の扉を叩いた。「今の君にはなんにも現場で発揮できる能力は無いんだから、せめて免許があれば仕事はないことはないよ」といわれた。近代映協は新人をよくつけてくれていた。田舎に帰りお袋を騙して免許を取った。
  四年生の夏休み、製作進行見習いとしてスタッフ17~8人の児童映画の現場についた。真夏の北海道ロケだ。スタッフはみな若く人数は少ないけどよく働きよく飲んだ。私は見よう見まねで走り回り、夜はビールをご馳走になった。映画って肉体労働なんだと思った。
  運転に慣れたころ2トントラックで昼食を取りにでかけた。その帰りの砂利道でスピードの出し過ぎのためかハンドルを取られ、牧場の大きな溝に頭から突っ込んでしまった。一瞬のことで何が起こったのか自分では何も解らなかった。頭突きでフロントガラスを割ってしまい車は動かなくなった。幸いけがはなかった。人家もなく乳牛しか見えない大草原の何も通らない一本道の真ん中で、座ってハイライトを吸いながら大切なトラックを壊してしまい「これでクビだな」とひとりしょげた。
  余りにも帰りが遅いので上司が探しにきてくれて、無事だった弁当を運んでいってくれた。その後、彼の手配で来てくれた牧場のブルで引っ張り出したトラックを運転して修理屋に運んだ。真夏なのにフロントガラスのない車の運転はやたら寒かった。上司から「仕事が終るまで君がこの車を運転するように」と言われた。クビにならなくてすんだと思った。しかし、スタッフが誰も私の車に乗ってくれないのは淋しかった。クビにならなかったのがうれしかったので、何も能力の無い私はひたすら肉体労働に励み現場を走り回った。
  撮影の終わりに今では巨匠となられた照明助手さんから「よくがんばったな。これからも仕事くるよ」と言われた。なにか「この世界で生きてもいいよ」と言われたようでとてもうれしかった。

2009年エランドール賞 授賞式・新春パーティーのお知らせ

日 時 平成21年2月5日(木) 18時受付 18時30分開会 20時30分閉会予定

会 場 新宿京王プラザホテル南館5階 エミネンスホール(立食形式)

パーティー会費

※会場内の撮影は禁じます。
会員の皆様の多数のご参加をお待ち申し上げます。

事務局だより

正会員入会

訃報

Aグループ(ケアネット)の泉常夫氏は去る十一月二十六日逝去されました。四十五歳でした。
ご生前の功績を偲び、心からご冥福をお祈り申し上げます。

インフォメーション

◎会議の記録と予定