ALL NIPPON PRODUCERS ASSOCIATON
プロデューサーへの手紙 女優 吉永小百合
 長いこと女優をしていて、時折、強烈に、この役を演じてみたいと思うことがあります。素晴らしい小説や素材に出会って、熱に浮かされてしまうのです。
 『愛と死をみつめて』は、そんな私の思いと所属していた日活の考えが一致して、実現した作品です。幸せを噛みしめながら演じました。十九の時です。
 二十代になると、『忍ぶ川』『野麦峠』『見知らぬ橋』など、次から次へと演じてみたいと思う作品と出逢い、実現に向けて行動しました。しかし、いづれの作品もするりと私の手の中から逃げて行ってしまったのです。大人の俳優になれず、あせっている時期のことでした「この役を演じたい」と公言すると駄目になる、というジンクスが私の中に生まれました
与えられた役、望まれた役を演じることに、専念しよう、もう発言することはやめようと決めました。演じたい役があっても、自分の胸の中に深くしまい込んだのです。そして年を重ねて行きました。
 5年前、私は自分の中の禁をや破りました。長いこと胸に秘めていた『時雨の記』を実現させたい、演じたい、とプロデューサーの方にお願いしたのです。
 とても地味な作品です。ただでさえ厳しい日本映画の状況のなかで製作することは、困難だと思われました。でも似て非なる作品の出演依頼があった時に、思い切って口に出したのです。
 プロデューサーの方を苦しめてしまいました。当初は、もう少し先に取って置いても良いのではないかというムードだったのですが、いろいろな偶然が製作する方向へと導いてくれたような気もします。
 実現に向けて、最高の努力をしてくださったプロデューサーに感謝の思いで一杯です。興行的に成功したことで、ほっとしました。
 また、いつの日か、どうしても演じたい役にぶつかったら・・・・・、映画バカの私はためらわずに、口に出したいと思います。
 どうかプロデューサーの皆さま。宜しくお願いします。


back  会報indexへ  next