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300号
記念特集
テレビ・映画の現状に一言

 日経エンタテインメント 編集長   小川 仁志

キャスティングに思う

 先日、 「I am Sam (アイ・アム・サム)」 を見た。 さほど期待せずに行ったのだが、 これが意外によかった。 そして、 なぜ日本でこんな映画やテレビドラマがつくれないのか、 と内心くやしくも思った。
 ストーリーはこうだ。 主人公サムは7歳の知能しかない中年男。 1人で娘ルーシーを育てている。 ところが7歳になったルーシーはサムの知能を追い越してしまう。 サムはソーシャルワーカーに父親不適格とされ、 ルーシーは施設に保護される。 サムは父親としての能力を証明するため、 敏腕女性弁護士と共に法廷で戦う――。
 女性客が泣きっぱなしと話題の映画で、 その口コミが広がり、 大当たりしている。 その評判を聞いて行ったのだが、 なるほど、 と納得した。 障害者ものの作品というと、 どこかあざとさが気になるものだが、 この映画は演技もストーリー展開も実に自然なのだ。 登場人物の生活をのぞき見ているような感覚で、 いつの間にかドラマに引き込まれ、 泣いてしまう。
 成功のポイントはいくつかある。 ビートルズナンバーを多用した音楽の使い方、 手持ちカメラによるドキュメントタッチの撮影、 テンポのいい編集などだ。 もっともそれらはテクニックだから、 日本の映画やテレビドラマでも真似られなくもない。 だが、 これだけはかなわないと思ったのが、 キャスティングの素晴らしさだった。
 サムを演じたショーン・ペンは難しい役どころをこなし、 今年のアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。 娘役ダコタ・ファニングは新人賞を総なめにし、 出演依頼が殺到しているという。 女性弁護士を演じるミシェル・ファイファーも、 優越感と劣等感が入り混じった複雑な感情を見事に表現している。
 これほど俳優を生かしきった映画も少ないと思う。 俳優の適材適所を実現したキャスティグこそが、 この映画の最大の見所だろう。 前ふりが長くなったが、 日本の映画やテレビドラマを振り返ってみれば、 そのキャスティングが一番の泣き所じゃないかと思うのだ。
 アメリカ映画を見て、 いつも思うのが、 俳優の層の厚さだ。 主演クラスの俳優はもちろん、 脇役、 エキストラにいたるまで、 その充実ぶりは目をみはるものがある。
 対して、 日本はどうかというと、 同じような顔ぶれの俳優が、 同じような役を演じる定番的キャスティングがまんえんしてはいないだろうか。 役者の顔がみんな同じような顔つきに見えてしまう。
 この違いの元を探れば、 キャスティングの仕組みや考え方の違いにいきつく。
 アメリカにおいて、 俳優のバラエティを裏側から支えているのが、 キャスティングディレクターという配役を手がける専門職の存在だったり、 プロ、 アマを問わず同一の役を競うオーディションのシステムだったりだ。
  「I am Sam」 でも、 サムの友人役で、 やはり知的障害を持つ大人が4人出てきて、 物語にふくらみを与えている。 そのうちの2人は実際の障害者で、 オーディションで選ばれたという。 こうした 「適役を選び出すシステム」 がきちんと機能しているのが、 ハリウッドの目に見えない強さである。
 その根底にあるのが、 「良い役者なるものは存在しない。 役柄にぴったりあうか、 そうでないか、 だけだ。 俳優の才能は適役にめぐりあって初めて発揮される」 という考え方だときく。
 言い換えると、 まず優れた脚本ありきで、 脚本に書かれた役柄にあった最高の俳優を探すことが、 キャスティングの基本なのだ。
 だから、 ハリウッドでは面白い脚本は高く売れるし、 スターたちも優れた脚本探しに躍起になっている。
 一方、 日本では、 テレビドラマに顕著だが、 まず俳優のスケジュールを押さえ、 その顔ぶれにあわせてどんなストーリーにするか決め、 それから脚本をつくり始めることが多いという。 役柄ありきではなく、 役者ありきである。
 その役者の選び方にしても、 選ぶ人はプロデューサー、 監督などさまざまで、 責任範囲も不明確。 候補者の数もあまり広げず、 プロダクションとの力関係などで決まったり、 プロデューサーや監督が知っている顔ぶれから選ぶことが多いときく。
 いってみれば、 オープンなアメリカ式のキャスティングに対して、 密室方式の日本。 そもそもつくり方が違うから、 ハリウッド式をそのまま取り入れよ、 というのはあまり現実的な話ではない。  だが、 少なくとも 「役者より役柄で見せる」 という考え方は、 作品づくりの基本として参考にすべき点も多いのではないか。 そのテキストとして、 「I am Sam」 は最近の映画では最良の作品ではないかと思うのだ。
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