「世界に見せたい日本のドラマがある」をキャッチフレーズに「国際ドラマフェスティバル」の「東京ドラマアウォード」がスタートして10年目になります。このイベントはドラマや映画を愛する制作者たちの危機感から生まれました。
そして今、日本国内ではテレビドラマのリアルタイム視聴率が下がり、再び危機感が我々制作者の間に広がっています。確かにメディア環境が大きく変化する中で、視聴者がドラマを見るスタイルも変化してきたのは事実です。しかし本当に「ドラマ離れ」が進んだわけではありません。タイムシフト視聴率やTVerの数字などを加算すれば視聴者数は多少の目減りはあってもドラマ人気は健在です。この一年をみてもNHKの朝ドラはヒットを連発していますし、民放でも「逃げるは恥だが役に立つ」のように、社会現象にまでなった番組も生まれています。
そんな中で、実は東南アジアのエンタメ界では再び「日本ブーム」が起きているのをご存知でしょうか。
6月18日、タイでは4回目になる「J Series Festival」をバンコックで開催しました。今回も大盛況でゲストとして参加してくれたKAT-TUNの上田竜也さん、志田未来さんには出待ちの客がこれまで以上に殺到。更に今回から新設したドラマ主題歌歌手ミニコンサートでは「いつ恋」やジブリ映画「コクリコ坂」のテーマ曲を歌った手嶌葵さんには万雷の拍手が送られました。
タイの日本大使館は「やっとタイの放送局で日本の番組が多く放送されるようになりました。韓流、KPOPより、今は日本の作品の方が勢いがあります」という話があり、イベントにはわざわざ大使も出席して満足してお帰りになりました。
「継続は力なり」が実証されたわけです。またこのイベントには前回の「東京ドラマアウォード」で受賞したタイ作品「サミーティートラ」の主演女優、ワラッタヤー・ニンクーハーさんも駆けつけてステージから日本のドラマの素晴らしさをタイの観客に語りかけてくれました。
昨年12月にはヴェトナム・ホーチミンでも初めての「J Series Festival」を開催。これも大成功で、来年も是非開催をと先方からお話がありました。
ドラマを通してのアジア各国との文化交流は着実に花が開きつつあります。
今年の「東京ドラマアウォード」は10月26日(木)東京プリンスホテルで行います。特に先述したとおり、今回は10周年になりますので、『この10年の日本のテレビドラマを振り返って』というテーマで少し華やかなパーティーも行う予定です。
〈参考〉
日本国内へ世界のバイヤーを呼んで作品を観てもらうだけでなく、我々自らが海外へ作品を持って出かけ、直接、その国の視聴者に見てもらおうと4年前に始めたのが「J Series Festival」。これまでタイ、インドネシア、ヴェトナムのアジア各国で開催してきましたが6月18日にバンコックで開催しました。その際、挨拶に訪れた日本大使館でこんなお褒めの言葉を頂きました。「今、タイのエンターテイメントの世界は日本ブームで盛り上がっています。特にドラマが久々に人気で多くのチャンネルで放送されるようになりました。やっと韓流ドラマを押し返しました。やはり継続は力なりですね」今回でタイでは4回目のイベントとなりますが例年通り、サイアム・パラゴンシアターは超満員だったのは言うまでもありません。
今年で13回目を迎える若手俳優の登竜門「アクターズセミナー賞選定オーディション2017」開催のご案内です。
昨年同様、富山省吾副会長を審査委員長とし各社審査員、映像産業振興機構(VIPO)「ndjc若手監督作家育成プロジェクト」のndjc若手監督ならび担当プロデューサーの方々に参加して頂き開催致します。昨年は、180名を超える応募があり、またアクターズセミナー参加者の中から6名が「ndjc若手監督作家育成プロジェクト」作品に出演して評価を受けました。今年はさらに多くの応募者と出演者が出ることを期待しております。
アクターズセミナーの最大の売りは、若手俳優たちが映画・テレビドラマのプロデューサーと直接対話し、自分を売り込むことが出来るイベントです。プロデューサーたちが俳優にどのような考えを持っているか、どのようにキャスティングしているかを若手俳優自身が肌で感じることができ、自分がどのようにプロデューサーから見られたかを認識し、俳優とは何かを感じとる場になると思われます。勿論、プロデューサーにとっても魅力ある若手俳優の発掘の場でもあります。
開催にあたり、審査員のご選出ならび協会員皆様の温かいご支援ご協力をお願い申し上げます。
日 時/10月20日(金)
会 場/VIPO映像産業振興機構
参加費/5000円
定 員/18歳以上 50名
(書類審査あり)
実施プログラム
受付開始/10:00
第一部「ワークショップ」
講師/中込卓也(なかごめたくや)
テレビ朝日総合編成局
ドラマ制作部
プロデューサー
第二部「アクターズセミナー賞
選定オーディション」
一人2分30秒以内で自己表現
第三部「出会いの広場」
参加者とプロデューサーとの交流
第四部「結果発表と表彰式」
総評及び授賞式(優秀者には賞状、ヒラタ基金より副賞のトロフィーを授与)
※アクターズセミナー賞受賞者は、2月の「エランドール賞パーティ」の会場において紹介されます。なお詳細は参加応募用紙をご覧ください。
映画『 亜 人 』
どんなアクション映画でも、相手を制圧する、もしくは自分がやられないように必死によける・逃げることが目的であるのにも関わらず、登場人物たちが【死んでも生き返る新人類】だったらどんなアクションが作れるのか、楽しみでもあり頭を悩ます模索の日々でした。
原作は大人気コミック「亜人」。主人公の永井圭は、ある日交通事故に巻き込まれて死亡するもすぐに肉体が再生し生き返り、自分が【亜人】だということを知ります。国家に追われ、モルモットにされ、平凡だった日常が一変する中、同じく亜人のテロリスト・佐藤が国家転覆を図り、次第に永井は戦いの渦に巻き込まれていきます。
亜人は死んでも生き返るため、銃に撃たれても、ナイフで刺されても、毒ガスを吸わされても、絶命すれば元通りに目覚めます。そのため亜人を無力化するには、麻酔銃で眠らせる、身動きをとれなくする、方法は様々です。ただ、たとえ麻酔銃に撃たれたとしても、麻酔が身体を巡る前に部位を切り落とせば切り抜けられ、すぐさま自らをリセットすれば何事もなかったように戦闘再開出来ます。亜人という設定があるだけで、アクションとしてやれることの幅が広がり、そのどれもが【見たことのないアクション】になる予感がしました。
本作の企画のスタートから、【見たことのないアクション】を積み上げていくべく、監督の本広さん、アクション監督の大内さんとアイデアを出し続けました。そこに主演の佐藤健さん、綾野剛さんが加わり、彼らなりのアイデアと身体能力の高さが担保となり、想像を超える高いラインで現場に臨むことができました。タイトなスケジュールも相まって、俳優部の皆さまにはかなり過酷な思いをさせてしまいましたが、結果、【見たことのない亜人たちの戦い】が続く、非常に新鮮なアクションシーンが作れたと思っております。さらに飽きさせない仕掛けとして、まるでクラブにいるような重低音と4つ打ちが響くEDMの菅野さんの劇伴、そして亜人だけが持つ特殊能力のスピード感溢れるVFX表現。本広流エンターテイメントがぎっしり詰まった109分が出来上がりました。本広さんならではの遊び心やカメオ出演も随所に散りばめられていますので、そのあたりもお見逃しなく、です。
亜人のように、決して死ぬことのない息の長い興行=大ヒットになればと、切に願っております。
一般メーカー勤務を数年経て、思い立って飛び込んだ映画業界(大映)でようやく映画に触れる仕事に就いた時は、既に29歳という年齢になっていました。職種は製作宣伝。近頃はあまり専門パートとして見なくなりましたが、当時は撮影現場にべったりと張り付く現場宣伝スタッフとして、宣伝マンの登竜門的な職種でした。しかし、20代前半ならいざ知らず、30歳手前でのほとんど何も知らない現場スタッフが撮影現場でまともな扱いを受ける訳がありません。しばらくはサンドバッグ状態で現場の荒波にもまれていたと思います。付いた作品は『ガメラ 大怪獣空中決戦』。平成ガメラシリーズの1作目として、今ではある映画史的な評価を頂いている作品です。主に特撮班・樋口組に付いていましたが、スタッフは若く、監督始め同年代がほとんどでした。どうせうまくは出来ないのだから、とにかく誠実に取り組む。ただそれだけを前面に出して、取材だ、メイキングだなどと走り回っている内に、気付くと何とか現場スタッフの一員になれていたような気がします。現場の手が足りなければ制作部から操演部の手伝いまで何でもやっていました。4ヶ月に及んだ夏の撮影は、その年の異常な暑さも相まって過酷なものでしたが、映画作りに参加している高揚感の前では何ほどにも感じなかったという記憶があります。そして何よりも、良いものを作ってやろうという熱気がガメラの現場にはあった。平成ガメラシリーズスタッフのその後の活躍は改めて語る必要もない周知の事実ですが、そんなスタッフ達と仕事が出来たこと、そして誇れる作品が出来上がったこと。そのことが、その後も映画を仕事にしていくという確信と決意を後押ししてくれたと思います。あれからいつの間にか23年が過ぎました。あの4ヶ月があったからこそ、あのスタートだったからこそ、今のプロデューサーとしての自分があるのだと、最近つくづくと思うのです。
アジア映画社代表取締役の朴炳陽氏(Eグループ)は去る4月22日逝去されました。67歳でした。ご生前のご功績を偲び、心からご冥福をお祈りいたします。
2018年度 協会会員手帳について
「2018年度協会会員手帳」の編集が始まります。
掲載事項変更希望の方は9月20日までに事務局へご連絡下さい。